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電車に揺られて。

昨日本を読み終えてしまったのだけれど、昨日の帰りに本屋に寄らなかったので読む本が無い。
家に読んでない本はたくさんあるんだけどね、読む本はあるけど読みたい本が家に無い。本屋にあるのです。
そう、なので帰りは本屋に寄ります。
今朝は読む文章が無いので、それなら書くまでです。
少しでも世界を自分の好きな文章で埋めるのです。
快適で面白くて優しい世界になればいいなと思います。まぁ僕は全然優しくないし人の気持ちも考えないので、自分にとってって話だけどね。
もっと個人が個人の幸せを真剣に追求してそれで協力したり殺し合ったりする方が面白いのになぁと思います。シビアなシステムの方がスリルもやりがいもあるよね。それに自分だけの幸せを最大化する為には他人と協力しあった方が得らしいって結論にもなるだろうに。まぁ自己責任論はどうやら今の流行りではないみたいだけどね。

電車は混んだり空いたり。
どの時間のどの車両が空いてるとか、そんなことまで判断してキビキビ動ける立派な勤め人になりたい。
仕事辞めて好きなことだけしてた自分がスーツ着て毎日朝早くから通勤してるこの事実は、人によっちゃ希望に溢れてるし、人によっちゃ絶望にしか思えないだろうね。僕にとっては冗談みたいで最高です。
できるだけ、ずっとふざけて生きていたいけど、それがなかなか許されにくい仕組みがいたるところにあるので、それなら真面目にすること自体が冗談として成立する文脈に身を置けばいいのです。
僕も楽しいし、周りも楽しい。
あなたがどれだけ毎日笑えない日々を過ごしてるとしても、そのこと自体を僕が面白がって笑い飛ばしますから、安心して退屈な日々に埋没しようぜ。そうか、ここが芸人の墓か(違う)

朝の電車は川を渡る。
読む物がないと退屈な通勤時間も文章を書いているとあっという間に時間が過ぎるからちょっと驚く。もうちょっとゆっくりして行こうぜって気分(実際電車は待ってくれないのだけれど)

あらゆる創作物は基本的に消費するより創作する方が時間が掛かるから、だから消費という行為は贅沢であるのだと思う。人生は有限だからね、自分の欲しいものを全部自分で作っていたらいくら時間があっても足りない。
時間を掛けて制作したものを時間を掛けずに消費するのは本当に贅沢な時間で好き。無限の住人全巻を3日くらいで読んだ時はもう背徳感がヤバかったもんね。
どれだけ筆が早くとも、あらゆる製作者の制作スピードは消費のスピードより遅いので(スピードがゲシュタルト崩壊した)好きな作家をどれだけ持てるか、が退屈しない人生のコツかもしれない。まぁ何かを作ろうと思えば急に時間なんていくらあっても足りないのだろうけど。

昨日はすごく楽しかったです。
また生きて会えたらな、と思います。