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ようやく。

うっしゃ、よーし書こうよし書こう。
行きの電車で本を読み切ってしまって(森絵都「気分上々」)、そうすると帰りの電車では読む本が無くて、速度制限でネット巡回もすこぶるストレスフルだし、おまけにクソみたいな文章で溢れ返っててもうどうしようも無くて、なら書けほら書けそら書け、といった具合に書き出すのです(クソみたいな文章が溢れかえっているのはきっと観測範囲の問題で、どんどん自分のフィルターも最適化し続けないといけない)。
本当は愛しのChromebookちゃんの平べったいキーボードをカタカタ打ち鳴らしてひたすら書き続けたいのだけれど、最近どうも家では文章を書く気がしないのでおやおやまぁ、といったところです。おまけにケータイがパケ死(速度制限のことをパケ死って言うの、合ってる?)してしもうて(仕事で車移動中にお気に入りのネットラジオをひたすら聴き続けていたのがたぶん原因)外でも文章が書きづらくてあらあらまぁって感じなのですがまぁ言い訳してる暇があれば書けよって話でなら書くわって話でとりあえず書いてます。
いやでもほんとネット使い放題プランなのに青天井じゃないってどういうことよってそれなりに憤っていますし、そこに対して課金するのも全然納得いってないので、月が明けるまでは割とストレスフルにケータイをいじり倒しています。しかしまぁテキストデータは軽いくせに一番面白いからやはり文章は偉大。動画を見るなら死ぬほど待たないといけないし画像ひとつ見るのにもいちいち待つこの感じを、古き良きインターネッツの感覚を思い出す気持ちで楽しんでいます。あの頃は上から画像が徐々に出てくるだけで楽しめたし、動画をダウンロードしている時の完了済みの%が上がっていくのを見ているだけで死ぬほどワクワクできたはずなので、それができなくなっているのは感性の磨耗以外の何物でもない。刺激に慣れ過ぎてバカになっちゃってますね、この頭。それでもより速くより刺激的に、求めてしまうのは人類のサガだし(サガフロ2をiPhoneでプレイすべきか問題)そもそも僕がテクノロジー至上主義だしあらゆる技術の発展のその先に見たことのない幸せが待っているはずだと無邪気に信じていたらAIがヒトラーを讃えだしたり囲碁で人に圧勝しちゃったりあれあれ特異点意外ともうすぐなんじゃねって感じです。生きてるうちに特異点を観測できそうなのは幸せでしかない。私はただネットスフィアを見たくてってシボも言ってやらかしてたしね。まぁスカイネットととの戦争はたぶん始まらずに緩やかにAIが管理して人が働く未来がくるかもだし、まぁまぁマトリックスよろしくジャックインして培養液に漬けられながら甘い夢を見る生涯を送るのも悪かないなぁと思います。しかし人類を率いてかわんごが闘うのならもちろんかわんご側に付くだろうし、そもそも思い出主義者なので自分の頭の中にしか無い失われたあの素晴らしい日々をいつまでも求め続けるのでしょう。しかしまぁ僕も立派な大人と言われる年齢なので、大人の一番の仕事である若者にいつだって一番素晴らしいと語り続けるという仕事くらいは立派にこなしたいなぁと、しかしこれ思い出主義者にはできない仕事だなぁと、なるほど大人になるということはそういうことなのだなぁと妙に納得して乗り換え駅に着きました。

相変わらず支離滅裂な文章ですがこの脳内源泉垂れ流しの感覚はすごく気持ちよいので(脳と指が直結すると指まで思考する器官になるのだ、そしてライブ感こそが全てだ)やっぱり毎日続けるべきだなぁと。結局僕が僕を認める為には書き続けるしか無いのです。あなたたちなんて本当にどうでもよくてただ僕は僕に認められたいだけだから、とにかく僕が僕に認められるであろう文章を脳内から捻り出す為には書いて書いて書いて書くしかないのです。

これは基本的に公開自慰行為ですので興味があれば見てって下さい。もしあなたのオカズになることができればこれ幸いです。